Skyドライブ オンライン勉強会

○先ずはヘリコプター(シングルローター機)の話

※川島自説の面倒臭い話なので読み飛ばし推奨※

推力(揚力)の制御はエンジン出力とメインローターのブレード(翼)仰角で行います。通常飛行時は出力とメインローターに掛かる抵抗が釣り合うためメインローターの回転速はほぼ一定です。姿勢及び推力軸線の制御はメインローターの各ブレードが回転位置に応じて仰角を変える事で行います。

SkyDrive(スカイドライブ) 有人ドローン

例えば、機首付近を通過する時には仰角小、後部通過時は仰角大とすれば前後の推力の不均衡で前下がり、逆なら後ろ下がりと言う具合にピッチ運動を制御。左右で同様に行えばロール運動が制御できます。ただし、実際はコマの回転軸を前に倒そうとすると横に逃げるジャイロ効果と同様に位相ずれ(約90度)が出るので、ピッチ運動を左右仰角差、ロール運動を前後仰角差で行っています。しかもローターを支えるメインシャフトの取り付け角は固定なので、メインシャフトに対してローターの回転面も傾きます。

とてつもなく面倒な制御をしているだけあってメインローターのピッチ制御機構は不可解と思えるほどの複雑さです。

ヨー運動制御については、如何にもという体をしたテールローターがあるので分かりやすいと思いますが、テールローターはヨー運動の制御だけでなくメインローターの反トルクの打ち消しも大切な役目です。テールローターがないと機体は反トルクでメインローターの回転方向と逆に猛烈に回転します。この反トルクを抑えているのがテールローターです。ちなみにホバリング(空中停止)ではテールローターの推力による横移動を打ち消すためメインローターの回転面を若干傾けています。

○SKyDrive社が目指したもの

このようにシングルローターのヘリコプターは機構も飛行制御も複雑怪奇で、一般的には理解しがたいものです。これに比べるとSKyDrive社が開発している「空飛ぶクルマ」が採用するマルチコプターは構造も制御理論も至ってシンプルです。ローターブレードは固定仰角、推力はモーター出力(回転数)制御。前後移動は前後のローター推力差によるピッチ変化、左右移動は左右ローターの推力差によるロール変化で行います。

SkyDrive(スカイドライブ) 有人ドローン

ヨー制御はちょっと面倒でローターの反トルクを利用しています。マルチローターでは回転方向の異なるローターが組み合わされています。右回転のローターの出力をアップすれば機体は左回転、逆なら機体は右回転をします。ただし、ヨー制御時にピッチ制御やロール制御に悪影響が出ないように対角線上のローターは回転方向が同じ、隣り合うローターは逆になります(4/8軸機)。

ならばヘリコプターよりもマルチコプターが先に実用化されそうなものだがと考えてしまいますが、構造や制御理論は簡単でも飛ばせないのがマルチコプターでした。

マルチコプターの実現には二つの要素が欠かせません。ひとつが電池を含む電動モーターのパワーウェイトレシオなのは言うまでもありませんが、もうひとつは電子制御技術です。とくに電子制御は力学的な自律安定(回復)性がほとんどないマルチコプターの生命線でもあり、電動モーター駆動が必須となる要因でもあります。

マルチコプターは最低でも機体運動に関わる六つのセンサーを装備しています。XYZ軸それぞれの加速度センサーと角速度センサーです。これらのセンサーから得たデーターにより各ローター(モーター)の推力や反トルクを最適に制御、あるいは外乱に対する自動補正を行います。そのため各ローター推力は細かな制御に対する即応性と制御精度が求められます。駆動に電動モーターが必須なのはこのためで、内燃機では反応が遅すぎ、出力制御も曖昧すぎるわけです。

プレゼン中には浮上推力と発電にジェットエンジンを用いて航続距離とペイロードを稼いだ機体の紹介もありましたが、それもクルマで言えばパラレル式ハイブリッドのようなタイプで電動駆動ローターの併用により高反応高精度の制御を行うようです。

マルチコプターは安定性も運動性もすべて、センサー情報を基にプログラムが生み出すと理解すればいいでしょう。玩具系ラヂコンのマルチコプターでもちょっと気の利いたものなら、操縦系を中立に戻せば高度も位置もぶれないホバリングが可能なモデルも少なくありません。つまりマルチコプターの実現には徹底した「フライ・バイ・ワイヤー」制御が不可欠であり、安定性と運動性の理論制御の最先端にあり、この制御思想と自動運転化技術は近未来のクルマの姿にも関わる要点とも言えます。

○簡単な操縦と自動操縦機能

空を飛ぶ以上、乗り物としての分類は航空機です。当然、航空機としての制限があり、飛行ルートにも影響します。トラブルが起こった時の周辺被害を少なさと「空飛ぶクルマ」のメリットを考慮して実証実験のルート設定は東京湾と大阪湾の海上を想定。実用運行高度はヘリコプターの運用最低対地高度の150mくらいになるなど航空機の空路制限を受けるようです。

ただし、操縦そのものはクルマ以上に簡単になると思われました。一般的な固定翼機は機体を横傾斜させて旋回に入りますが、操作は傾斜させる時と水平に戻す時に行い、旋回中は釣り合いを取るための補正操作以外は中立が基本です。クルマの操縦系に例えるならコーナーの入り口でハンドルを切り、ラインに乗ったらハンドルを中立に戻し、コーナーの出口で逆側にハンドルを切って直進に復帰、という具合になります。ドライバー視点では相当不自然な感じです。

マルチコプターの基本操縦系は上下/前後/左右の移動と転回の4系統で、空中ですべて中立にすれば自動ホバリングとなります。高度維持が自動なら前進と転回の操作量を保持すれば水平旋回します。ちなみに左右移動と転回でも可能です。アクセルとハンドルの操作だけで大小コーナリングができるようなものなので、クルマの運転経験があれば短時間で操縦できるようになりそうです。この辺りは「空飛ぶクルマ」の「クルマ」の部分でもあります。

さらに機体自体が自律飛行能力を備えるので、離発着はもちろん、目的地と空路情報を与えればオートパイロット任せの運用も可能でしょう。というか想定空路を考えれば自由な飛行は制限されるべきだとも思われました。性能的にもコミューター用途が前提になりそうなので、空路の容量からしても整然と管理された飛行は必須でしょう。プレゼンの中には沢山の「空飛ぶクルマ」が飛んでいた動画もありましたが、一瞬危なっかしく映ったものの、よく見れば狭い空路を連なって飛行していました。そんな運用ができるのは自動操縦と高度な管制システムの賜でしょう。

○徹底したフェイルセーフ

プレゼンでは一言プラスαくらいでしたが、「空飛ぶクルマ」の実用化でとても重要な事が述べられていました。それは不時着制御です。前述した事から分かるように電子制御系や電動モーターが失陥や誤作動すれば機体の制御は不能に陥る可能性があります。固定翼機のように滑空もできませんし、ローター推力制御の調和が崩れれば、コントロールを失って墜落という事態に陥る可能性もあります。

SKyDrive社ではシステム系の電気的な変化等からトラブルの予兆を捉えて、予兆があれば安全に着陸できる場所に誘導する避難モードを採用して安全を確保するとの事です。

ただし、避難モードには大前提があります。安全な着陸が可能な飛行性能の維持です。着陸するまでに予兆から具体的なトラブルに進行する可能性もあるわけですから、一箇所の失陥程度なら飛行性能に支障が出ない事も大切です。

SKyDrive社のコンセプト機も試験開発機も4軸を採用していますが、各軸上下に独立したモーターを配した8発8ローターとなっています。出力に余裕を持たせるという側面もあるかもしれませんが、ひとつのモーターが失陥しても飛行に支障を来さないフェイルセーフ機能として極めて重要です。各軸1モーターの4軸機の場合、ひとつのモーターが停止すれば墜落は避けられません。SKyDrive社の機体の場合はひとつのモーターが停止しても安全飛行が可能な性能が確保されます。もちろん各モーターの出力は独立した制御系となります。いわば2機分の機能と構造を合体させているようなもので、1機分の一部でトラブルが発生しても健全なもう1機分で確実な飛行が保証されるのです。

このように制御系等を重複させることを多重化と言いますが、SKyDrive社の機体では全系統を最低でも2重化し、故障頻度や重要性より3重系以上としています。前述した避難モードは、こういった強固なフェイルセーフ機構に上掛けした安全策なのです。

○空飛ぶクルマの「クルマ」と未来

「空飛ぶクルマ」が新しい移動手段として期待される理由のひとつに省スペースの離発着場があります。ビルの屋上に備えられるヘリポートの場合、運用ヘリコプターのサイズにもよりますが15m四方くらいのスペースが必要です。「空飛ぶクルマ」のサイズで算出すると4×5mで済んでしまいます。つまり乗用車2台分の駐車スペースがあればいいわけです。

「空飛ぶクルマ」は縦長の菱形配置となる走行用4輪を備え、走行速度60km/hと走行距離20~30kmの「クルマ」としての性能を備える予定です。駐機場や近隣充電施設へ自走移動できるのは相当便利だと思われます。

また、充電時間短縮については大仰な急速充電施設を備えなくても運用できる利便性も考慮して、バッテリー交換式も検討しているとの事です。

ならば実用化はいつ頃か?

同社WEBサイトのタイムラインでは本年8月にデモフライト、2023年に販売開始とあり、すでに電気自動車を追い越したのでは!と思えますが、やはり実証実験機です。また2030年には「空飛ぶクルマ 自動運転化」とありますが、プレゼン内でも述べられていた無人運用による運行システムの実証実験を示すと思われます。結局、「誰もが自由に空を飛べる時代に」と表記された実用化と普及は2050年が目標です。固定翼機、ヘリコプター、ティルトローター機等々との棲み分けや空路や飛行制限、免許、耐空証明など構築しなければならない条件や解決しなければならない問題も多々あり、30年後にどうなっているかは見当も付きません。

ただ、「空飛ぶクルマ」で培われるセンシングや電子制御、電池も含めた電動化などの技術開発はクルマ(本意)にとっても見逃せません。クルマ発想の航空機技術、航空機発想のクルマ技術というような発想の共鳴で、飛ぶクルマも飛ばないクルマもさらなる深い進化を期待させられた勉強会でした。