AJAJカーボンニュートラル燃料と内燃機関の可能性に関する勉強会

講師: 轟木 光氏 (KPMGコンサルティング株式会社アソシエイトパートナー 日本自動車技術会エネルギー部門委員)
開催日: 2023年6月2日(金) 16時〜17時30分
場所: 東京・大手町 TKP東京駅大手町カンファレンスセンター
カーボンニュートラル燃料と内燃機関の可能性に関する勉強会 風景

カーボンニュートラル時代の現状と分析

昨今の環境問題は、パリ協定からの一連の流れとしてつながっているが、本質的にエネルギー問題でもある。

IPCCの報告による「世界で合意された気候変動問題」を前提におけば、われわれは早急に化石燃料の使用をやめなければならない。「2050年までに、産業革命以前との比較でプラス1.5度までに収める」ことで、この気候問題の解決が図れるとされている。

そのために自動車に関わるルールは2035年を一定の目処としていることが多いのだ。つまり2050年をゴールにしつつ車両保有平均年数である15年を引けば、2035年以降は、温暖化ガスを排出するクルマを売らない様にしなければならない。

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現状分析

欧州の規制ベースで見れば、CO2の削減案は、いかにBEVを増やしていくかしかない様に思われるが、その流れは現在変化を迎えつつある。これまでの議論は、内燃機関禁止の流れだったが、2023年に欧州理事会がこれまでの暫定合意を覆し、合成燃料を使った内燃機関を残す方向で合意した。しかし、メディアなどの報道では無視されてきているが、実はe-FUELの可能性を残すという方針は突然現れたわけではなく、2022年の段階から織り込まれていた。現時点ではカーボンニュートラルを満たすe-FUELのみを認めることになっているが、厳しい内容を発表してからわずか2年で、内燃機関の存続を認める方針が許容されたことの意味は大きい。

また米国では、環境問題としてスタートしたはずのBEVの販売促進が、バイデン政権が打ち出したインフレ削減法の税額控除へと移行している。いつの間にかポイントは経済安全保障へと軸足を移しつつあり、仮にこのまま規制の主たる目的が環境問題から米中対立による経済安全保障へと移行していくのであれば、中国製のバッテリーや自動車への規制が主目的に変わって行きかねない様子である。

4月に開催されたG7札幌では、2035年までに2000年比で50%削減を決めた。KPIの基準が、BEVの普及率ではなくCO2削減比率になったのが重要なポイントである。さらに削減の基準年が2000年になったことで、これまで劣勢に置かれていた日本がかなり優位を取り戻した。日本では、すでに2000年から20年間で30%の削減を果たしてきており、35年までの残る15年で20%は現実的なプランに見え、目標達成のために是が非でも内燃機関禁止が必須というようには見えない。

こうした国際的な動きと併せ、KPMGコンサルティング株式会社の調査を見ると興味深い。まずは、各国で補助金の期限が終了したことに関する販売数量の調査を見てみると、BEVのインセンティブの中止により、販売が落ちている。調査では中国とドイツの具体例として補助金打ち切りとBEVの販売台数の間に相関関係が見られる。補助金は当然永続的なものではないので、長期的には補助金なしでどうやって価格の折り合いを付けていくかが課題。種類別の販売動向としてはBEVの勢いは衰えが見られるが、PHEVは順調に見える。

では、そうした流れを自動車メーカーのエグゼクティブはどう見ているかだが、サーベイを見ると、各国/地域とも大きな変化が見られた。2030年時点でのBEVのシェア率を予測する調査では各国とも2021年の調査では50%程度と見通していたが、2022年のデータでは予測値が半減し、25%程度の弱気の見込みに変化しており、それに伴って将来投資の見通しも変わりつつある。傾向としてみると、BEVへの投資は現状維持、ICEへの投資は減少、HEVへの投資は増加を見込む回答が増えている。

特にICEへの投資はTierが深くなるほど絞る傾向にある。OEMとの情報共有がうまく機能していない可能性があり、情報量の少ない中で、メディアなどの影響を強く受けているのではないかと思われる。業界全体としては彼らにどうやってOEMの考え方を伝えていくかは課題である。

全体的な流れとしてはBEVだけではなくHEVにも投資をすべきという変化が見られる。

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EVだけでなくe-FUELへの期待

e-FUELとは、H2とCO2から合成される低炭素燃料だ。主に8つのバリエーションがあり、自動車専用というわけではなく、また1897年に発見された古くからある技術である。

e-FUELなどの合成燃料が最も強く求められているのはSAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)であり、エネルギー密度などの観点から、優位がある液体燃料が求められることから、航空燃料で、CNを果たそうとすれば、現状では最も可能性が高い選択肢である。

SAFは主なもので8種類が存在し、想定需要は2050年に年間2300万KL、CO2 削減効果は5233万tが想定される。予想される市場規模は日本で2.3兆円、アジアで22兆円。

e-FUELを含むSAFの普及に伴い、航空業界や製造元からは、さらに需要を増やして、量産効果を上げるためにも、自動車での使用が期待されている。

クルマのカーボンニュートラルとe-FUEL

日本国内の動向を見てみると、3大都市圏以外では、人口は減少するとともに、公共交通機関の利用が減少しており、地方のモビリティにおいてクルマへの依存が高まっている。言い換えれば地方の交通基盤は個人所有のクルマである。

そうした中で、現在BEVの新車販売は確かに拡大中ではあるが、保有台数で考えると、野心的な見積もりで、年率5%でBEVが増加したとしても、2035年には新車販売の5割にしかならず、その場合、保有で見た場合8割は内燃機関が残る。この8割に対する解決手段がない限り、CN社会は到来しない。地方の交通にクルマが不可欠である現状から考えると保有のクルマ(液体燃料)の低炭素化も極めて重要であると言える。

また物流においては、トラックなどの商用車の場合、航続距離を伸ばそうとすればするほど、バッテリー搭載量を増やす必要があり、バッテリーと引き換えに貨物が搭載できなくなる。物流の「24年問題」も合わせると、これでは物流が維持できない。
※24年問題
「2024年問題」とは、2024年4月の働き方改革関連法施行により、トラック運送業界に発生する諸問題のことを指す。具体的には「運送会社の利益減少」「ドライバーの収入減少」「荷主が支払う賃料の高騰」などが想定されるという。(出典:日経ビジネス「2024年問題とは? 人手不足、労働時間・賃金問題に直面する運送業界」)

こうした流れ全体を見ると、化石燃料置き換えのe-FUELもひとつの選択肢であることが見えてくる。

e-FUELの大きなメリットは、既存化石燃料とブレンドすることで今すぐに低炭素化に貢献できることだ。またすでに航空産業でスキーム化されているカーボンオフセット販売などの手法を導入することも期待される。いわゆる排出量売買の手法で、e-FUELによって削減されたCO2を売買できる手法も特に物流領域では有用だろう。

e-FUELは本来的には、再生可能エネルギーで作った水素と、大気中または産業から排出されるCO2を原料として生産される。しかし再生可能エネルギーの問題のひとつに、資源の偏在の問題がある。かつての石油同様、太陽光や風も安定して利用できる地域は限られており、そうした再生可能エネルギーの豊かな地域は人口密集地から離れている。

再生エネルギーが豊かな地域では設備の高稼働率が期待できるが、エネルギー需要の多い人口密集地まで電力線で供給可能な範囲で稼働させようとすると、太陽光や風の豊富な地域を外れる。結果として設備の稼働率が期待できず、コストが高くなる傾向にある。

むしろ太陽光や風の適地での設備建設を優先することで稼働率が上がる。当然人口密集地から遠隔地になるが、だからこそ電気エネルギーを水素やe-FUELに変換して保存・輸送することで、高い設備稼働率のエリアで作られたコスト競争力の高いエネルギーを利用することができる。

しかしながら、e-FUELにもまた課題がある。e-FUELはどうしても効率が悪い。製造・輸送・給油・走行でのロスを加味した総合効率は18.8%で、電気のまま BEVに使用する場合の60.4%とは大きな隔たりがある。

ただし、前述の通り、効率がいいと言われている電力でも、再生可能エネルギー由来に限定すれば、太陽光パネルや風車などの発電機器の設備稼働率を計算に入れると、設備能力が100%稼働しているわけではなく、稼働率ロスが意外に大きいことが問題として浮上してくる。

その結果、設備稼働率を考慮すると総合効率が変わってくる。一例としてドイツとチリの風力稼働率を加味すると、13.3%対14.1%と逆転することもありうる。

とは言いつつもe-FUELの効率が悪いという問題は、現状で大きな課題であることは変わらない。各段階での効率改善を進めていく必要がある。

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水素のコスト

前述した通り、e-FUELの主たる原料は水素とCO2。水素をいかに安く作れるかが、e-FUELのコストに大きく影響する。世界中で様々な方式による取り組みが行われている。水素については、過去何度かの盛り上がりを見せてきているが、今回は少し様子が違う。さまざまなエネルギーの利用を見ると、産業部門が運輸部門の約1.6倍と圧倒的にエネルギーを使っている。特に多いのが熱源としての利用。つまり産業部門でのCNのためには、水素の熱源としての利用がソリューションとしての期待を集めている。

これまで、温度で160度より上になると石油・石炭系が必要だったが、これを水素などに置き換えることによって、大幅にエネルギーのCN化ができる。今回の水素ブームは産業の要請である。

運輸部門においては、水素とe-FUELはCN対応エネルギー源であり、欧州でも水素エンジンのブームが起きている。それらの背景には産業部門からの水素利用促進の要望があり、クルマが水素を利用することで量を増やしてコスト低減につなげていこうという流れに見える。

まとめと所感

これまで「内燃機関の禁止と全面BEV移行」という前提で全ての議論が行われてきたのだが、どうもわかりやすい解決方法に依存しすぎた様に思う。「BEVはゼロエミッション」。それは極めてわかりやすいが、生産時にはむしろCO2排出量が多いことや、充電のための電源構成に依存すること、あるいは資源の話など、本来環境を考えるための基本的な部分を蔑ろにしたまま、わかりやすい結論に飛びついてきてしまった感がある。

環境を考えるのはサステイナブルな社会のためであり、環境のせいでサステイナブルな社会を捨ててしまうのは「健康のためなら死んでもいい」というナンセンスな話である。

例えば石油由来のプラスチック製品なしに現在の医療はサステイナブルたりえない。輸血のパックも、点滴のチューブも注射器も、日々の薬のパッケージもみなプラスチックである。一部はバイオ由来の製品に置き換えることができるかもしれないが、総量を置き換えるのは難しい。かと言って、そうしたディスポーザブルな資材を、かつてのガラス製などに置き換えれば、煮沸消毒などに依存せざるを得ず、熱エネルギーへの要求が上がるとともに、労力が増加し、無菌の確実度も下がることになるだろう。

エッセンシャルワーカーの行動をささえる車両、例えば救急車や消防車、警察車両や自衛隊の車両にも充電のためのダウンタイムが発生する。これらの車両が確実に運用できない社会など想像ができない。

それらを安定的に稼働できる社会のためには、わかりやすい話ばかりしていてはいけない。細かく面倒なケースをひとつひとつ見ていかなくてはならないと思う。

今回の講演ではKPMGコンサルティング株式会社の轟木光さんが、そうした面倒で細かい部分の説明を丁寧に解説していただいた。極めて貴重な機会であり、最後に深く感謝を述べて結びとしたい。

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■参加者(敬称略、五十音順)
リアル参加(27名)
有元正存/池田直渡/岡崎五朗/片岡英明/桂伸一/日下部保雄/菰田潔/佐藤耕一/鈴木直也/高根英幸/高山正寛/田草川弘之/竹岡圭/近田茂/中村孝仁/南陽一浩/西村直人/萩原秀輝/萩原文博/橋本洋平/ピーター・ライオン/藤島知子/松田秀士/森川オサム/山崎明/山田弘樹/吉田由美

オンライン参加者(16名)
会田肇/飯田裕子/石川真禱照/近藤暁史/佐藤久実/竹花寿実/山崎元裕/吉田匠/中川和昌/島崎七生人/岡崎宏司/岡本幸一郎/橋澤宏/丸山誠/大井貴之/木下隆之